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ポチポチ

Category: 雑記  

ポチポチ。


携帯を触る。



あ、先に言っておこう。今日はちょっと長くなるよ。



普段開かないツイッターを開いてみる。溜まった未読のツイートを眺める。


つい数日前にも開いたのだけれど、意味の分からないものから楽しんでいる姿が思い浮かぶものまで様々だ。


そして大体、私が真面目に見るのは、何かしらの記事関連。やっぱりツイッターやタイムライン、ブログを読み漁るのは自分の性に合ってるみたい。

といっても大半は眺めるだけで終わるのだけれど。



今日も私はそれを見て。今回は子育てに関する記事みたい。


その記事の主は、”0歳児保育=育児放棄”ではないかと訴える。

いろいろ書いてあったけど、要は保育園に生まれたばかりの子どもを預けるのが納得いかないってことらしい。

かなり強引な主張ではあったけど、言いたいことは分かる。それに同意もできる。ただ100%の賛同はしないけれど。

リプの多くは、批判のほうが多かったかな。



まぁ中身についてはぶっちゃけどーでもいい。他人事というわけではないけれど、私が正しいと思うことを実行するだけだから。言いたいことは、今ここの私みたいに、言わせておくだけでいい。



気になったのはリプの反応そのもの。


多くは、視野が狭い、実情が見えてない、などなど反対コメント。

反対コメントも中々、それもそうだと思うものもあったのだけれど、主が主張する保育の実態には答えていないし。



何より、見え隠れするのが自分の主張の正当化。



自分はこうしてる。理由はこうだから。

20年前の老人たちの主張と同じ。考えが古い。

こう言ってるけど、それってこういう事だよね。


などなど。



世の中のほぼ全ての人は、もちろん私の知りうる限りの人たちだけれど、『自分を正当化』する。



当然だ。

自分を正当化するから、自分の考えがあって、主張が生まれるのだから。

そうやって、自分で自分に言い聞かせながら、生きている。


しかしまぁ厄介なことに、自分を正当化するのはいい事だけれど、主張する内容そのものが正しいとは限らない。さっきまで書いていた、0歳児保育の話がまさにそれだ。



これを見た時にも思ったのだけれど、数日前にツイッターで、『日本の謎すぎる風潮20選』ってのを見かけた。

確かに同意できるものもあるけど、それは違うだろう、と思ったものも山ほどあった。一部抜粋すると

 

・「仕事がいやでも三年は続けた方がいい」という根拠のない定説

・「有給・育休・産休」を取ることをよく思わない上司

・過剰なまでの年功序列

・テストの点数や売り上げなど、数でしか人を判断できない大人


話しやすいものを選んだから偏りはあると思うけど。

これらが、謎でも何でもない風潮だと思う。


よく目にするのは、「仕事がいやでも3年は続けた方がいい」というもの。

これが何故言われるようになったのかというと、かつてのバブル崩壊直後の時代背景が大きい。

企業が人を選んで雇用するようになった。加えて、企業は利益を出さなければならない。雇用した人が利益に直結するかというと、そんなこともない。会社で最もかかる費用は人件費だと言われる程、人を雇用するというのはリスクが大きい。


『3年以内で辞める人を雇用する=赤字にしかならない』


故に、3年も続かない人を、企業が雇用しようと思うはずがないのだ。経営者の視点で見れば。

ハイリスクハイリターンであればいいのだけれど、ハイリスクローリターンの可能性もある。わざわざそんな危険を冒して雇用する理由がどこにあるのだろうか?


「有給などを取ることをよく思わない上司」も、似たようなもので。

利益を出さなければならないのに、稼働計画も考えず休みばかり取られて、挙句人件費は払わなきゃいけないなんて、いい顔するはずがない。

逆を言えば、それらが解消されていれば、快く休暇がもらえるわけで。上司からすれば権利を主張する前に結果を出してから言え、という事だ。

私から言わせれば、有給取りたかったら取ったらいいけど、嫌な顔するのにも妥当な理由があるのを理解して、休みをもらえばいいと思う。そこに文句言うのはお門違いでしょ、公務員ならともかく。



話が逸れたので修正。



なんにしても、ほとんどの人は『自分を正当化』するのだ。その主張が正しいかとか、妥当性があるかとかは置いといて。


そして、こうやってネットを使っているからこそ思う。



ネットというものが普及したことによって、人の言うことを聞かない人が増えたんだろうな、と



自分自身も正にそうなのだろう。

掲示板やSNSが当たり前になって、自分の考えていることに同調する人ができて。


これはあくまで推測だけど。

ネットが普及する以前は、自分が間違った主張をしたのであれば、親族だったり上司だったり、いわゆる人生の先輩が、それぞれの立場から色々教えてくれていたのだろう。社会に出ることで、横よりも縦の繋がりが密になるから。


しかし、ネットが普及することで、不特定多数の人と話ができるようになり。

SNSの普及で横の繋がりが密になり、掲示板で考えの近い人と仲良くなって。

ネットには色々な主張が飛び交うからこそ、「自分を正当化」する為の情報を選んで手にすることもできる。

そしてそれに同調する人たちが一定数いると、自分は間違ってないと思い込む。



そして、他人の主張を受け入れなくなる。



{「お前がそう思うんならそうなんだろう。お前の中ではな。」というテンプレを使って、自己防衛に走る人たちもいる。

このテンプレに関しては、正しく使ってほしいと心から思う。)




憶測で語るのはこれぐらいにして。


何より思うのは、相手の意見に耳を傾けて、推考して、自分の主張が正しいのか見つめ直して。

そして全ての人が、自分をより良く高めていけたらいいのに。


私自身だってまだまだ出来ていないと思うけれど。

どうやら私は理想主義な考え方みたいで、人にもそれを求めてしまいがちで。(それが原因で彼女と別れてしまったし)




ただただ優しいだけでなく。


通念的に、そう在ればいいと思われることを、実行していけるようにしていきたいと思うのでした。





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 2016_06_09


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